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第83話 誰も聞いてくれなかった

Auteur: みだん
last update Date de publication: 2026-11-05 16:00:53

その言葉に、バルドウィンは何も答えなかった。

けれど、その沈黙は、動揺のためではなかった。

彼はただ、こちらを冷ややかに見ているだけだった。

まるで、子どもの理屈を聞き流す大人のように。

「――ご立派なお言葉でございますな」

やがて、彼はそう言った。

「ですが、現実をご覧なさい。聖女様は、この地位によって、大陸中の信徒に希望を与えておられる」

「希望」

「そうです。それを『もの扱い』と断ずるのは、いささか短絡的では」

そのとき、声がした。

「――やめてください」

ミナだった。

彼女は、両手を握りしめて立っていた。

その身体が、微かに震えている。

「もう、やめてください。わたしの話を、わたしのいないところで、しないでください」

その一言に、大聖堂の空気が変わった。

*

バルドウィンが、彼女を見た。

「聖女様。あなたは疲れておられる」<

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    その言葉に、バルドウィンは何も答えなかった。けれど、その沈黙は、動揺のためではなかった。彼はただ、こちらを冷ややかに見ているだけだった。まるで、子どもの理屈を聞き流す大人のように。「――ご立派なお言葉でございますな」やがて、彼はそう言った。「ですが、現実をご覧なさい。聖女様は、この地位によって、大陸中の信徒に希望を与えておられる」「希望」「そうです。それを『もの扱い』と断ずるのは、いささか短絡的では」そのとき、声がした。「――やめてください」ミナだった。彼女は、両手を握りしめて立っていた。その身体が、微かに震えている。「もう、やめてください。わたしの話を、わたしのいないところで、しないでください」その一言に、大聖堂の空気が変わった。*バルドウィンが、彼女を見た。「聖女様。あなたは疲れておられる」「疲れています」彼女は即座に答えた。「ええ、疲れています。半年間、ずっと」その返答に、彼の表情が固まった。「ですが、それは今、関係ありません」ミナは私の方へ向き直った。「ヴィオレット様」「はい」「先ほど、わたしを助けると仰いました」彼女の声はまだ震えていた。それでも、その視線はもう逸らされていなかった。「ええ」「なぜですか」その問いは、これまでとは違う響きを持っていた。憎悪でも、糾弾でもない。純粋に、理由を知りたがっている声だった。私は、少し考えてから答えた。「あなたが、苦しんでいるからです」「それだけですか」「それだけです」「――罪滅ぼしでは、ないのですか」その問いに、私は正直に答えた。「それも、あるかもしれません」*

  • 婚約破棄されました。告発内容は、すべて事実です  ~前世で魔王だった悪役令嬢は、宿敵だった皇太子に溺愛される~   第82話 すべて、事実です

    「――すべて、事実です」私はそう答えた。大聖堂にその言葉が響いた。ミナが、微かに目を見開いた。おそらく否定されると思っていたのだろう。あるいは、言い訳を並べられると。「あなたの仲間を、わたくしが奪いました」私は、一つずつ、確かめるように言った。「五人の命を、わたくしが終わらせました」「――はい」「あなたの命も、わたくしが奪いました」彼女は、答えなかった。ただ、私を見つめていた。「そして、わたくしは、その方たちの顔を覚えていません」その一言を口にするとき、喉が焼けるように痛んだ。「名前も、覚えていません。何人だったかすら、正確には分かりません」「――なぜ、そんなことを」ミナの声が震えた。「なぜ、そんなことをはっきり言うのですか」「嘘をつきたく、ないからです」*私は、彼女の目を見続けた。「ここで『覚えています』と言えば、あなたは少しだけ救われるかもしれません。けれど、それは嘘です」「では」「嘘で慰められることを、あなたは望んでいないはずです」その言葉に、彼女の肩が震えた。「――ずるい」彼女は、そう呟いた。「ずるいです、そんな言い方」「ええ。ずるいかもしれません」私は認めた。「けれど、これ以外に、誠実な答え方を知りません」大聖堂に、また沈黙が落ちた。色硝子から差し込む光が、床の上でゆっくりと動いている。その光の帯が、ちょうど私たち二人の間を横切っていた。「もう一つ、事実があります」私は続けた。「あなたが今世でわたくしを告発したこと。あれも、すべて事実でした」「――ええ」「一つの誤りもありませんでした。わたくしは、あの場で、そう答えました」

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    その涙を見た瞬間、バルドウィンが動いた。「――聖女様。お下がりください」彼は、ミナの肩に手を伸ばした。この場から連れ出そうとしているのは明らかだった。その手が触れる寸前で、ミナが後ろへ退いた。「触らないで」その声は、小さかった。けれど、拒絶の意志だけは、はっきりと伝わってきた。バルドウィンの手が宙で止まった。「聖女様」「お願いです。少しだけ」ミナは、俯いたまま言った。「少しだけ、話をさせてください」その懇願に、大聖堂の空気が張り詰めた。バルドウィンは、しばらく彼女を見下ろしていた。その表情から、初めて微笑みが消えていた。何かを計算しているような、冷たい目だった。やがて、彼は一歩下がった。「――どうぞ、お好きに」その許可には、明らかな含みがあった。好きに話せ。どうせ、何も変わらない。そう言っているように聞こえた。*ミナは、ゆっくりと顔を上げた。その目が、まっすぐに私を捉えた。頬にはまだ涙の跡が残っている。けれど、その瞳の奥にあるのは悲しみではなかった。もっと熱く、もっと硬いもの。「――ヴィオレット様」彼女は、私の名を呼んだ。「はい」「わたしが、何を失ったか。ご存じですか」その問いに、私は答えられなかった。知っている。前世で、私は彼女の命を奪った。それは、動かしがたい事実だ。けれど、彼女が問うているのは、それだけではないはずだった。「――お聞かせください」私は、そう答えた。ミナは、深く息を吸った。「仲間が、いました」彼女は、静かに語り始めた。「私を抜いて五人でした。剣士のモーガン。弓術士の

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    その紙片を私は一晩中握りしめていた。夜が明けても答えは出なかった。行くべきか、行かざるべきか。これが罠である可能性は誰の目にも明らかだった。それでも、あの一行を無視することは私にはできなかった。朝、私は皆を集めた。「――行きます」そう告げると、ゼルが即座に反応した。「罠でございます」「分かっています」「筆跡が本人のものであっても、書かされた可能性がございます」「それも、分かっています」私は、彼をまっすぐに見た。「けれど、もし本物だったら。あの人が本当に、そう書いたのだとしたら」ゼルは、しばらく黙っていた。その小さな身体が、いつもより硬く見えた。彼は、軍師としての判断と、私の意志との間で、必死に折り合いをつけようとしている。「――条件がございます」やがて、彼はそう言った。「聞かせて」「単独では、なりません。殿下と、シェラ殿が同行なさること」「それは」「それと、正面から参ります。使節としてではなく、休戦交渉の使者として」その提案に、アルヴィス様が反応した。「休戦交渉」「はい。敵勢は峡谷で消耗し、南部でも敗退しております。この状況なら、交渉の申し入れは不自然ではございません」「向こうが、応じると思うか」「応じるでしょう」ゼルは断言した。「大司教は、魔王様を大聖堂に招き入れたがっております。前回、そうであったように」その分析に、私は背筋が冷えた。確かに、あの男は前回も「また、お会いしましょう」と言った。それは招待ではなく、予告だったのかもしれない。「では、こちらが罠と知りながら入る、ということですね」「はい。ですが、今回は準備がございます」*三日後、私たちは総本山の門前に立っていた。前回

  • 婚約破棄されました。告発内容は、すべて事実です  ~前世で魔王だった悪役令嬢は、宿敵だった皇太子に溺愛される~   第79話 届いた、二つの報せ

    戦いは、三日目に入っていた。峡谷の地形は、私たちに味方し続けていた。敵は一度に千程度しか投入できず、そのたびに前衛が押し返す。押し合いは膠着し、双方に疲労だけが蓄積していった。けれど、その膠着こそが、こちらの狙いだった。「敵の消耗が、限界に近づいております」三日目の朝、ゼルが報告した。「彼らは補給線が長い。対してこちらは、帝国内から補給を受けられます。この差が、そろそろ効いてまいります」「あと、どれくらいで」「今日中には、動きがあるかと」その予測は、正確だった。*昼過ぎ、敵陣に異変が起きた。隊列の後方が、乱れ始めたのだ。高台から見ていた私にも、その変化ははっきりと分かった。整然としていた列が崩れ、兵たちが後ろへ流れていく。「――退いております」伝令が、興奮した声で報告した。「敵勢、全面的に後退。峡谷から離脱を始めております」その報せに、陣全体から歓声が上がった。三日間、耐え続けた兵たちの声だった。けれど、アルヴィス様は、すぐには表情を緩めなかった。「追撃は」「――なさらぬほうがよろしいかと」ゼルが、即座に答えた。「なぜだ」「峡谷を出れば、地形の利がなくなります。数の差が、そのまま出ましょう」その説明に、アルヴィス様は頷いた。「では、追わない。防衛線を維持しろ」「畏まりました」命令が、次々と下されていく。歓声が収まり、兵たちは持ち場に戻っていった。私は、遠ざかっていく敵の隊列を見つめていた。勝った、という実感はなかった。ただ、押し返しただけだ。相手は消耗しただけで、壊滅したわけではない。そして何より、まだ二つの報せを待っていた。*一つ目は、その日の夕刻に届いた。

  • 婚約破棄されました。告発内容は、すべて事実です  ~前世で魔王だった悪役令嬢は、宿敵だった皇太子に溺愛される~   第78話 名を知っている

    ――ドルフ視点――峡谷を抜けて南へ走ると、半日で村が見えてきた。小さな村だった。家は二十軒ほど。畑が斜面に沿って段々に広がり、その向こうに低い山が連なっている。煙突からは、まだ煙が上がっていた。誰も、これから来るものを知らないらしい。俺は、村の入り口で足を止めた。息が上がっている。半日走り通しだった。五十の身体には、さすがに堪える。「――誰だ、あんた」畑にいた男が、こちらに気づいて声をかけてきた。鍬を手にしたまま、警戒した目でこちらを見ている。「帝国から来た。半日以内に、兵が来る」俺がそう言うと、男の顔色が変わった。*村人たちが集まってくるまで、そう時間はかからなかった。三十人ほどだろうか。年寄りと女子供が多い。若い男は、数えるほどしかいない。彼らは、俺の話を聞くうちに、次第に青ざめていった。「八百、だと」村長らしい老人が、震える声で繰り返した。「そんな数が、なぜこんな村に」「村を狙ってるわけじゃねえ。通り道なだけだ」俺は、正直に答えた。「だが、通り道にある村がどうなるかは、あんたらも想像がつくだろう」その言葉に、誰も反論しなかった。「逃げろ。山の中へ」俺は、そう告げた。「今すぐだ。荷物は最小限にしろ。半日ある」村人たちが、ざわめき始めた。長年暮らした家を捨てることへの躊躇いが、その顔に浮かんでいる。「――待ってくれ」一人の若い男が、前に出た。「俺たちも、戦う。村を守りたい」その気持ちは、痛いほど分かった。「気持ちはありがてえ。だが、駄目だ」「なぜだ」「あんたらが戦えば、殺し合いになる」*俺は、鉄棒を

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